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苦考―「あり方」の問い
いつ頃からか物事の「あり方」について、非常に関心を持っている。
より硬い表現で言えば、「規範」であると思われるが、これは、現代のいくつかの学問領域では、ある種の流行である。例えば、規範倫理学とか、規範政治理論とか言ったりするが、その意味は、「どうあるべきか」という「べき」論である。
福間聡によれば、この規範性は、ロールズの『正義の理論』(1971年)以降、再興されたものであるとする(『ロールズのカント的構成主義』)。また、川本隆史によれば、ロールズの『正義の理論』における正義への問いが含意するのは、国家がどうあるべきかを問うものであるという(『現代倫理学の冒険』)。
より硬い表現で言えば、「規範」であると思われるが、これは、現代のいくつかの学問領域では、ある種の流行である。例えば、規範倫理学とか、規範政治理論とか言ったりするが、その意味は、「どうあるべきか」という「べき」論である。
福間聡によれば、この規範性は、ロールズの『正義の理論』(1971年)以降、再興されたものであるとする(『ロールズのカント的構成主義』)。また、川本隆史によれば、ロールズの『正義の理論』における正義への問いが含意するのは、国家がどうあるべきかを問うものであるという(『現代倫理学の冒険』)。
ゼミ旅行
この間、所属しているゼミの人たちと長崎にゼミ旅行に行きました。
(一日目)大学集合→レンタカーで佐賀の多久市へ→多久神社→有明海・干拓事業(道の駅にて昼食)→長崎・島原城(島原散策)→長崎市街→市街見学(ちゃんぽんの元祖を食べる)→ホテル(リッチモンド)チェックイン→ランタンフェスティバルをみる。
(二日目)ホテルをチェックアウト→グラバー園へ→遠藤周作文学館へ→文学館横のお店でラストゼミ(昼食(ドロそうめん)後、プラトンの『弁明』『クリトン』『パイドン』完結)→文学館入館→ドロ牧師の記念館?を見学→佐世保によって帰省。
こんな感じです(^^)
多久神社は、学問の名所であるらしく、私としてはありがたい神社でした。しかも、そこで、人生23年で初の『大吉』を引くことになるのです。実に感激♪♪♪
U準教授のゼミ旅行は、必ずテーマがあって、非常に濃密な旅行になるのですが、今回は、「学問の意味」「国家権力」「長崎の歴史」「宗教(キリスト教)」でした。(だったと思います(汗))
私は、政治哲学ないし理論を専攻しているのですが、その基礎は、やはり西洋の哲学、思想、理論が基礎にありますから、キリスト教とは切っても切り離せない関係にあることを痛感しました。というよりも、宗教は狂気的な側面があることが現代の日本人にとっては、なじまない部分であることを思い知ったような気がします。
私は、反キリスト教でも、宗教を否定するつもりはないことを強調しておきたいのですが、長崎は特殊な地域だなと思います。
また、海外に行った時、日本には宗教と教育が結びついていないことに驚いて、西洋人が「日本人はどうやって道徳を教えているのか」というような問いかけは、たびたび耳にすることですが、西洋では、道徳教育の背景には、宗教が存在するということです。これが善いか悪いかを問うつもりはありませんが、西洋社会では、それが基本であって、その上で、政治哲学ないし思想が形成されているのですから、東アジア地域の文化圏とは相異しています。
最近、といっても何十年かまえに、西洋の「普遍的」とされる政治哲学に異議を申し立てた東アジアの理論家がいました。西洋の哲学者ないし思想家のいう「普遍的な」ものに懐疑したからであるのですが、この懐疑は至極当然のものといえると思います。(が、東アジアの理論家の封建的な体制を是認するつもりもないですが)少なくとも、西洋発の世界の主要国行きの哲学ないし思想が生み出した「もの」(例えば、民主主義)には、何らかの価値はあるとは思います。それが、宗教を基底にしてるかしていないかの違いです。
そこから「普遍的な」価値とは何なのかが、最大の課題になるとおもうのですが、他方で、価値の多元性の議論もあります。ここで問われるのは、「差異」の是正であり、「寛容」の問題であるのですが、この問題が今の私の主要な関心です。「差異」??? ドゥルーズの『差異と反復』が読みたいです・・・高い(泣)。文庫であったようななかったような・・・ そもそもドゥルーズの議論は関係あるのか??? ないかも???
でもそんなの関係ねーーーー(古い!!!)
私としては、マイケル・ウォルツァーの『寛容について』が興味深い議論を展開していると思っています。
話をゼミ旅行に戻しますが、濃密なゼミ旅行であり、実に有意義なものでした。レンタカーはプリウスでそのハイテクさに興奮する一方で、車酔いになってしまったために車内では、地獄のような苦しみを味わいました(泣) 実に最悪・・・。吐かなかっただけマシです・・・
あ〜ムツゴロウおいしかったなぁ〜・・・ 見た目はグロテスクだったけど・・・
U準教授は、今年の3月からドイツへ旅立つのですが、その準備のお忙しい中、卒業旅行を計画してくださって、しかも、プリウスの運転を最初から最後までしてくださって、感謝してもしつくせないほどです。

(一日目)大学集合→レンタカーで佐賀の多久市へ→多久神社→有明海・干拓事業(道の駅にて昼食)→長崎・島原城(島原散策)→長崎市街→市街見学(ちゃんぽんの元祖を食べる)→ホテル(リッチモンド)チェックイン→ランタンフェスティバルをみる。
(二日目)ホテルをチェックアウト→グラバー園へ→遠藤周作文学館へ→文学館横のお店でラストゼミ(昼食(ドロそうめん)後、プラトンの『弁明』『クリトン』『パイドン』完結)→文学館入館→ドロ牧師の記念館?を見学→佐世保によって帰省。
こんな感じです(^^)
多久神社は、学問の名所であるらしく、私としてはありがたい神社でした。しかも、そこで、人生23年で初の『大吉』を引くことになるのです。実に感激♪♪♪
U準教授のゼミ旅行は、必ずテーマがあって、非常に濃密な旅行になるのですが、今回は、「学問の意味」「国家権力」「長崎の歴史」「宗教(キリスト教)」でした。(だったと思います(汗))
私は、政治哲学ないし理論を専攻しているのですが、その基礎は、やはり西洋の哲学、思想、理論が基礎にありますから、キリスト教とは切っても切り離せない関係にあることを痛感しました。というよりも、宗教は狂気的な側面があることが現代の日本人にとっては、なじまない部分であることを思い知ったような気がします。
私は、反キリスト教でも、宗教を否定するつもりはないことを強調しておきたいのですが、長崎は特殊な地域だなと思います。
また、海外に行った時、日本には宗教と教育が結びついていないことに驚いて、西洋人が「日本人はどうやって道徳を教えているのか」というような問いかけは、たびたび耳にすることですが、西洋では、道徳教育の背景には、宗教が存在するということです。これが善いか悪いかを問うつもりはありませんが、西洋社会では、それが基本であって、その上で、政治哲学ないし思想が形成されているのですから、東アジア地域の文化圏とは相異しています。
最近、といっても何十年かまえに、西洋の「普遍的」とされる政治哲学に異議を申し立てた東アジアの理論家がいました。西洋の哲学者ないし思想家のいう「普遍的な」ものに懐疑したからであるのですが、この懐疑は至極当然のものといえると思います。(が、東アジアの理論家の封建的な体制を是認するつもりもないですが)少なくとも、西洋発の世界の主要国行きの哲学ないし思想が生み出した「もの」(例えば、民主主義)には、何らかの価値はあるとは思います。それが、宗教を基底にしてるかしていないかの違いです。
そこから「普遍的な」価値とは何なのかが、最大の課題になるとおもうのですが、他方で、価値の多元性の議論もあります。ここで問われるのは、「差異」の是正であり、「寛容」の問題であるのですが、この問題が今の私の主要な関心です。「差異」??? ドゥルーズの『差異と反復』が読みたいです・・・高い(泣)。文庫であったようななかったような・・・ そもそもドゥルーズの議論は関係あるのか??? ないかも???
でもそんなの関係ねーーーー(古い!!!)
私としては、マイケル・ウォルツァーの『寛容について』が興味深い議論を展開していると思っています。
話をゼミ旅行に戻しますが、濃密なゼミ旅行であり、実に有意義なものでした。レンタカーはプリウスでそのハイテクさに興奮する一方で、車酔いになってしまったために車内では、地獄のような苦しみを味わいました(泣) 実に最悪・・・。吐かなかっただけマシです・・・
あ〜ムツゴロウおいしかったなぁ〜・・・ 見た目はグロテスクだったけど・・・
U準教授は、今年の3月からドイツへ旅立つのですが、その準備のお忙しい中、卒業旅行を計画してくださって、しかも、プリウスの運転を最初から最後までしてくださって、感謝してもしつくせないほどです。

完遂!!!!!!!
遂に、成し遂げました(泣)
思えば、戦いの連続でした。
一月の最初の週には、日本外務省が発行しているものの一部を
抜粋してきた文章を和訳することから始まり、
次の週には、思っていた期限よりも一週間早い期日(提出まで明後日)
のレポート「民主主義に関する一考察―戦後日本におけるジレンマ―」。
その次の週には、「西洋近代に対して我々はどう向き合えばよいのか」という表題
に対するレポート。
その次の週には、「蝋山政道の国際政治論について―東亜協同体論の構想―」。
このレポートでは、当初丸山真男に関して書こうかと考えていたのですが、
上手くまとまらなかったので、河合栄治郎に変更したのですが(文献3冊、論文1本参照)
、河合の国際政治論が具体的に問われていなかったので、蝋山政道に変更したのです。
大変でした。これで時間をだいぶロスしたので、次の作業が大分遅れました。
「蝋山政道の国際政治論」を提出したのが1月25日だったので、卒業?論文はそれ以降
に取り掛かりましたが、これが大変でした。
具体的にどう書くのか構想を練る暇がなかったので、(言い訳)実際に書き始めたのが、
1月29日でした。糸口が見つかれば、比較的スイスイかけていくほうなので、31日まで
には、1万5千字を書いて、論文全体の骨格を作ることができました。
ここからが正念場でした。今年の初めから、この論文のために資料集めや、考察をしてきたことが功を奏したのかはわかりませんが、一応、納得のいくものができました。
「ジョン・ロールズの「正義の政治的構想」について―『公正としての正義 再説』を手がかりに―」というタイトルですが、一学部生が無謀にもロールズに挑戦したという、いわくつきのものです(笑)(最終的には、2万5千字になりました)
なんとか期限には、提出できたので、無事卒業ですね。来年からは大学院生として、更なる勉学に励みたいところです。
さて、お楽しみの文献を参照しますかね(笑)
思えば、戦いの連続でした。
一月の最初の週には、日本外務省が発行しているものの一部を
抜粋してきた文章を和訳することから始まり、
次の週には、思っていた期限よりも一週間早い期日(提出まで明後日)
のレポート「民主主義に関する一考察―戦後日本におけるジレンマ―」。
その次の週には、「西洋近代に対して我々はどう向き合えばよいのか」という表題
に対するレポート。
その次の週には、「蝋山政道の国際政治論について―東亜協同体論の構想―」。
このレポートでは、当初丸山真男に関して書こうかと考えていたのですが、
上手くまとまらなかったので、河合栄治郎に変更したのですが(文献3冊、論文1本参照)
、河合の国際政治論が具体的に問われていなかったので、蝋山政道に変更したのです。
大変でした。これで時間をだいぶロスしたので、次の作業が大分遅れました。
「蝋山政道の国際政治論」を提出したのが1月25日だったので、卒業?論文はそれ以降
に取り掛かりましたが、これが大変でした。
具体的にどう書くのか構想を練る暇がなかったので、(言い訳)実際に書き始めたのが、
1月29日でした。糸口が見つかれば、比較的スイスイかけていくほうなので、31日まで
には、1万5千字を書いて、論文全体の骨格を作ることができました。
ここからが正念場でした。今年の初めから、この論文のために資料集めや、考察をしてきたことが功を奏したのかはわかりませんが、一応、納得のいくものができました。
「ジョン・ロールズの「正義の政治的構想」について―『公正としての正義 再説』を手がかりに―」というタイトルですが、一学部生が無謀にもロールズに挑戦したという、いわくつきのものです(笑)(最終的には、2万5千字になりました)
なんとか期限には、提出できたので、無事卒業ですね。来年からは大学院生として、更なる勉学に励みたいところです。
さて、お楽しみの文献を参照しますかね(笑)






