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Post・・・
最近、やたらに「ポスト・・・」をみかける。
例えば、ポスト・モダニティ、ポスト・アメリカニズム、ポスト・デモクラシーなどである。「ポスト」とは、「〜のあとで・・・」のような意味合いがある。今日、この「ポスト」が目立つのは、それなりの理由があるのだろう。世界的な変革期に差し掛かっているのではないだろうか。
たとえば、『ポスト・デモクラシー』(07年3月)という本がある。
同書は、英国の社会経済学者のコリン・クラウチ氏の幾つかの論文を寄せ集めて、本となったものであるが、彼の論文は、ヨーロッパ圏で論争を巻き起こしているらしい。
また、最近、イタリアの哲学者グラムシが注目されているようだ。彼の主張とアメリカニズムがリンクして、現代世界の「アメリカニズム」的潮流への限界が展開されているようだ。
さらに、マルチ・カルチャニズム、コミュニタリアニズムなどの台頭により、あくまで政冶理論、あるいは政治思想で、複雑化している。
しかし、「ポスト・・・」というわりには、最近の国際情勢を見てみると現実政治においては、保守傾向にある。たとえば・・・
アメリカの政党制の展開とアメリカ独自のイデオロギーの展開を見てみると、今日、保守主義とリベラリズムの対立は、ネオコンとニューデモクラット(右派傾向)との対立に変化している。ただ、アメリカでも、この対立軸の鮮明度が薄れてきているのではないだろうか。2008年の米国大統領選を控えているアメリカでは、選挙戦に向け、国内で候補者の主義主張が展開されている。が、民主党優位に傾いているといえでも、その民主党の主張も、大して共和党保守とは、大差はない。特に外交政策においては。経済政策では、民主党リベラルの経済政策は伝統的には、福祉国家的であるが、ニューデモクラット勢力の論理は必ずしもそうではない。
また、この間、フランス大統領選挙があって、サルコジ氏が勝つ結果となったのだが、結局は、両候補とも移民政策では大差はなく、経済政策では、サルコジ氏の勝利により、自由主義と福祉国家という対立軸においては、前者が勝利したことになる。労働者の中核をなす若い世代の判断の結果である。福祉国家の伝統がこの瞬間、沈黙したのである。
このように、といっても、アメリカとフランスの例をあげただけであるが、中国とインドの発展とリンクして、経済的には、資本主義(自由主義)がより推進されている。「より自由に・・・」が蔓延している。民主主義も同義である。最近では、「デモクラシー=民主主義」が問い直されている。日本語訳は問題なのである。
資本主義(自由放任主義)やデモクラシー(あえて、民主主義とは言わない)が、特にアメリカによって美化されており、その傾向が比較的若い世代に支持されているということである。これが、世界的保守化の要因の一つであろう。(このような状況が、アメリカが第1次大戦以降、美化してきた自由民主主義に拍車をかけ、これこそアメリカの正当化理由であるといえる)
この保守的現象の中で、「ポスト・・・」が流行っているのは、現実政治における、その基盤となるイデオロギー的潮流が変化していることを示唆することができる。仮に、世界経済の中心が資本主義であり、その源がエネルギーであり、特に有限資源である石油であるならば、少なくとも50年後には、国際情勢における経済と政冶は、大きな転換期を迎えることになるだろう。さらに、地球温暖化は、今よりも深刻になり、その対策費で各国、特に資本主義に依拠している諸国家は、激しくどうようするのではないだろうか。
そして、この時に、マルチカルチャニズムやコミュニタリアニズムなどの新たなアイデンティティがどのように政治経済に作用しているかが、ポイントとなるのではないだろうか。これらの立場は、相互に対立してる概念んであるが、共存は可能であると、漠然と考えている。また、現実的な面として、エネルギー問題や環境問題には、「時間と金」がかかることは自明であり、資本家や保守の政治家が最も苦手な「忍耐」が問われる時代に入っていると考えられる。そして、将来的に自由民主主義が衰退過程に入ると、本格的に「ポスト・・・」が現実味を帯びてくると考える。
例えば、俗にいう「権利基底的リベラリズム」の立場、つまり、ロールズ的なものが「ポスト・リベラルデモクラシー」とも考えられる。が、恐らく、その前に、リベラルデモクラシーの修正があることであろう。なぜなら、まだまだ、生きている論理であるからである。
非常に抽象的な考えなので、これから、この分野の考えをまとめていこうかと思います。
例えば、ポスト・モダニティ、ポスト・アメリカニズム、ポスト・デモクラシーなどである。「ポスト」とは、「〜のあとで・・・」のような意味合いがある。今日、この「ポスト」が目立つのは、それなりの理由があるのだろう。世界的な変革期に差し掛かっているのではないだろうか。
たとえば、『ポスト・デモクラシー』(07年3月)という本がある。
同書は、英国の社会経済学者のコリン・クラウチ氏の幾つかの論文を寄せ集めて、本となったものであるが、彼の論文は、ヨーロッパ圏で論争を巻き起こしているらしい。
また、最近、イタリアの哲学者グラムシが注目されているようだ。彼の主張とアメリカニズムがリンクして、現代世界の「アメリカニズム」的潮流への限界が展開されているようだ。
さらに、マルチ・カルチャニズム、コミュニタリアニズムなどの台頭により、あくまで政冶理論、あるいは政治思想で、複雑化している。
しかし、「ポスト・・・」というわりには、最近の国際情勢を見てみると現実政治においては、保守傾向にある。たとえば・・・
アメリカの政党制の展開とアメリカ独自のイデオロギーの展開を見てみると、今日、保守主義とリベラリズムの対立は、ネオコンとニューデモクラット(右派傾向)との対立に変化している。ただ、アメリカでも、この対立軸の鮮明度が薄れてきているのではないだろうか。2008年の米国大統領選を控えているアメリカでは、選挙戦に向け、国内で候補者の主義主張が展開されている。が、民主党優位に傾いているといえでも、その民主党の主張も、大して共和党保守とは、大差はない。特に外交政策においては。経済政策では、民主党リベラルの経済政策は伝統的には、福祉国家的であるが、ニューデモクラット勢力の論理は必ずしもそうではない。
また、この間、フランス大統領選挙があって、サルコジ氏が勝つ結果となったのだが、結局は、両候補とも移民政策では大差はなく、経済政策では、サルコジ氏の勝利により、自由主義と福祉国家という対立軸においては、前者が勝利したことになる。労働者の中核をなす若い世代の判断の結果である。福祉国家の伝統がこの瞬間、沈黙したのである。
このように、といっても、アメリカとフランスの例をあげただけであるが、中国とインドの発展とリンクして、経済的には、資本主義(自由主義)がより推進されている。「より自由に・・・」が蔓延している。民主主義も同義である。最近では、「デモクラシー=民主主義」が問い直されている。日本語訳は問題なのである。
資本主義(自由放任主義)やデモクラシー(あえて、民主主義とは言わない)が、特にアメリカによって美化されており、その傾向が比較的若い世代に支持されているということである。これが、世界的保守化の要因の一つであろう。(このような状況が、アメリカが第1次大戦以降、美化してきた自由民主主義に拍車をかけ、これこそアメリカの正当化理由であるといえる)
この保守的現象の中で、「ポスト・・・」が流行っているのは、現実政治における、その基盤となるイデオロギー的潮流が変化していることを示唆することができる。仮に、世界経済の中心が資本主義であり、その源がエネルギーであり、特に有限資源である石油であるならば、少なくとも50年後には、国際情勢における経済と政冶は、大きな転換期を迎えることになるだろう。さらに、地球温暖化は、今よりも深刻になり、その対策費で各国、特に資本主義に依拠している諸国家は、激しくどうようするのではないだろうか。
そして、この時に、マルチカルチャニズムやコミュニタリアニズムなどの新たなアイデンティティがどのように政治経済に作用しているかが、ポイントとなるのではないだろうか。これらの立場は、相互に対立してる概念んであるが、共存は可能であると、漠然と考えている。また、現実的な面として、エネルギー問題や環境問題には、「時間と金」がかかることは自明であり、資本家や保守の政治家が最も苦手な「忍耐」が問われる時代に入っていると考えられる。そして、将来的に自由民主主義が衰退過程に入ると、本格的に「ポスト・・・」が現実味を帯びてくると考える。
例えば、俗にいう「権利基底的リベラリズム」の立場、つまり、ロールズ的なものが「ポスト・リベラルデモクラシー」とも考えられる。が、恐らく、その前に、リベラルデモクラシーの修正があることであろう。なぜなら、まだまだ、生きている論理であるからである。
非常に抽象的な考えなので、これから、この分野の考えをまとめていこうかと思います。
「時間」の大切さ
GW
地獄の4連勤・・・
GW後半の初日10時間労働
残りは9時間労働
はぁ疲れた・・・
疲れすぎて、帰ってきても
勉強に集中できなかった4日間
お金はいらないから、時間チョウダイ
でも、仕方ないんです
学費を自分で払うときめたのだから
欲しい本もあるし
こうなると、やるしかないです
こうなると、時間が恋しいです
時間の許す限り、集中するしかありません
こう考えよう
大学院に入っても、学費は自分で払うのだから
その時のための予行練習だと
プラス思考に考えを切り替えるのが、私のトリエ
改めて、時間の大切さがわかりました
現在、学部生の皆さん
ある人は、4年間
また、ある人は、3年間
さらに、ある人は2年間
「時間がある」と感じている人がいるでしょう
「あと○年ある」と考えている皆さん
時間は、あっという間に過ぎていきますよ
4年になった時に、わかるでしょう
ある人は就活
また、ある人は大学院
さらに、ある人は公務員試験
恐らく、この他にも様々な選択肢があるでしょうが
「あと・・・」とは、考えないようにしましょう
4年になって気づきます
なんでもそうでしょうが
早めに準備なりしておいた方が良いでしょう
ただ、頭では分かっていても実感しないのが常です
実感するのが、「4年」という時期です
それでも、焦らない人、動揺しない人は、入念に準備をしていたか楽天主義的な人でしょう
どちらにせよ、時間を大切にしてください
地獄の4連勤・・・
GW後半の初日10時間労働
残りは9時間労働
はぁ疲れた・・・
疲れすぎて、帰ってきても
勉強に集中できなかった4日間
お金はいらないから、時間チョウダイ
でも、仕方ないんです
学費を自分で払うときめたのだから
欲しい本もあるし
こうなると、やるしかないです
こうなると、時間が恋しいです
時間の許す限り、集中するしかありません
こう考えよう
大学院に入っても、学費は自分で払うのだから
その時のための予行練習だと
プラス思考に考えを切り替えるのが、私のトリエ
改めて、時間の大切さがわかりました
現在、学部生の皆さん
ある人は、4年間
また、ある人は、3年間
さらに、ある人は2年間
「時間がある」と感じている人がいるでしょう
「あと○年ある」と考えている皆さん
時間は、あっという間に過ぎていきますよ
4年になった時に、わかるでしょう
ある人は就活
また、ある人は大学院
さらに、ある人は公務員試験
恐らく、この他にも様々な選択肢があるでしょうが
「あと・・・」とは、考えないようにしましょう
4年になって気づきます
なんでもそうでしょうが
早めに準備なりしておいた方が良いでしょう
ただ、頭では分かっていても実感しないのが常です
実感するのが、「4年」という時期です
それでも、焦らない人、動揺しない人は、入念に準備をしていたか楽天主義的な人でしょう
どちらにせよ、時間を大切にしてください
アグレッシブ
KREVAの『アグレッシ部』という歌を聴いた。
改めて思うことは、彼の歌のどれもがポジティブで、それを聞いている私は、内面のもう一人の自分と会話しているかのようだ。読んだことはないが、一般的な自己啓発の本でも、KREVAの曲にはかなわないよう気がする。
『アグレッシ部』の歌詞で、心惹かれたところは
・・・この気持ち嘘じゃない 誰が何と言おうと動かないYo
暑くなっても曇らない視界 目逸らさない、先長い未来
でも、やらなきゃ今 他の誰でもないオレがKeyman
背中押す手 求める前にオレがオレの悪いところ直すぜ
・・・とどこりなく全身で飛躍 重い扉全身で開く
一歩一歩意思表明 悔いのないように生きようぜYo
感謝の気持ち忘れずに 勝つ姿勢は アグレッシ部!!!
・・・今日はオレがオレの ただ広い世界 ただ一人になろうが
オレは決めた そーだ!!! アグレッシ部!!!!!
いい・゚・(ノД`;)・゚・
最近は、毎日毎日勉強・・・
暇さえあれば英語漬け またある時は読書漬け
常に自分との戦いです。
ですが、たとえセオドア・ローウィの『the end of liberalism』の原本にチャレンジして挫折する寸前になろうとも、また、6月の国際政治研究会で私の卒業論文の発表が決まって、論文を見直した時、「何だこれは・・・」と自分の書いた論文の甘さに落胆したとしても
オレは、アグレッシブに生きるぜ!!!YO
一歩一歩 着実に前進している(と思われる) この姿勢は
アグレッシブ!!!
人生、アグレッシブに生きないとモッタイナーーイ(∀` )
四の五の言わずに、即行動
先ばかり見ていては灯台下暗しです。
「できることから コツコツ 1つ1つ」(KREVA『国民的行事』)
はい!!!
よし!!!
気合だーーーーーー!!!
さて、はじめるか
改めて思うことは、彼の歌のどれもがポジティブで、それを聞いている私は、内面のもう一人の自分と会話しているかのようだ。読んだことはないが、一般的な自己啓発の本でも、KREVAの曲にはかなわないよう気がする。
『アグレッシ部』の歌詞で、心惹かれたところは
・・・この気持ち嘘じゃない 誰が何と言おうと動かないYo
暑くなっても曇らない視界 目逸らさない、先長い未来
でも、やらなきゃ今 他の誰でもないオレがKeyman
背中押す手 求める前にオレがオレの悪いところ直すぜ
・・・とどこりなく全身で飛躍 重い扉全身で開く
一歩一歩意思表明 悔いのないように生きようぜYo
感謝の気持ち忘れずに 勝つ姿勢は アグレッシ部!!!
・・・今日はオレがオレの ただ広い世界 ただ一人になろうが
オレは決めた そーだ!!! アグレッシ部!!!!!
いい・゚・(ノД`;)・゚・
最近は、毎日毎日勉強・・・
暇さえあれば英語漬け またある時は読書漬け
常に自分との戦いです。
ですが、たとえセオドア・ローウィの『the end of liberalism』の原本にチャレンジして挫折する寸前になろうとも、また、6月の国際政治研究会で私の卒業論文の発表が決まって、論文を見直した時、「何だこれは・・・」と自分の書いた論文の甘さに落胆したとしても
オレは、アグレッシブに生きるぜ!!!YO
一歩一歩 着実に前進している(と思われる) この姿勢は
アグレッシブ!!!
人生、アグレッシブに生きないとモッタイナーーイ(∀` )
四の五の言わずに、即行動
先ばかり見ていては灯台下暗しです。
「できることから コツコツ 1つ1つ」(KREVA『国民的行事』)
はい!!!
よし!!!
気合だーーーーーー!!!
さて、はじめるか






